ステンレス鋼

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ステンレス鋼(ステンレスこう、Stainless steel)は鉄(Fe)を主成分(50%以上)とし、クロム(Cr)を10.5%以上含むさびにくい合金鋼である。「ステンレススチール」や「不銹鋼」(ふしゅうこう)、「ステンレス」、または「ステン」などと呼ばれる。JISにおいて主に「SUS」の略号が付けられる事から「サス」とも呼ばれる。

呼称[編集]

「ステイン」(Stain、汚れ)「レス」(less、ない)という意味。 俗に、ステンレス鋼を「ステン」や「サス」と呼ぶことがある。「サス」では品種番号のプリフィックス「SUS」を英語読みした呼び方(テンプレート:IPA)である。数字のついた鋼は混同しない場合に限り、SUS304を「サス・さんまるよん」、または単に「さんまるよん」と呼ぶことがある。

特徴[編集]

ステンレス鋼は、含有するクロムが空気中で酸素と結合して表面に不動態皮膜を形成しており、耐食性が高い。ステンレス鋼が作る不動態皮膜は5nm程のごく薄いクロムの水和オキシ酸化物CrOx(OH)2-x・nH2Oが主体で構成されている。

クロムが作る不動態皮膜は硝酸のような酸化性に対しては大きな耐蝕性を示すが、硫酸塩酸のような非酸化性の酸に対しては耐蝕性が劣る。このため、ニッケルを8%以上加えて非酸化性の酸にも耐蝕性を高めている[1]

オーステナイト系ステンレス鋼は非磁性であるが、フェライトになると磁性を備える。マルテンサイト系ステンレス鋼は強度と共に耐摩擦性が高いが耐蝕性が少し劣る。

オーステナイト系ステンレス鋼は、塩化物を含む高温高圧環境に曝されると水素脆化による応力腐蝕割れを起こすことがある[2]。また、加工硬化によって磁性を帯びることがあり、これにより耐食性が劣る可能性がある。

用途[編集]

ステンレス鋼は錆を防ぐためのめっきや塗装をしなくても済み、屋外や湿気のある場所、化学薬品を扱う機械器具 (13Cr)、厨房設備 (18Cr/18Cr-8Ni) で用いられる。また、構造物や鉄道車両の外面、部品に用いられる (18Cr-8Ni。鉄道車両に関してはオールステンレス車両の項を参照)。マルテンサイト系ステンレスは焼き入れを行う材料で工具鋼に準ずる硬度を兼備した耐食性材料の位置にある。

近年は、電磁調理器対応用の、ステンレス鋼でできたやかんが多く販売されているが、その多くは普通鋼やSUS430等の磁性を持つ鋼板の両側に、非磁性だが耐食性に優れたSUS304を2枚サンドウィッチ状に接合させた3層鋼板で製造されている。

基本的な製造方法は普通鋼と同じだが、ステンレス鋼は普通鋼より強度が高いため、冷間圧延時には専用の圧延機を用いる(一部例外あり -表面仕上げを参照)。

JISによる分類[編集]

JISによれば、ステンレス鋼は、その金属組織により次の5つに分類される。

  • マルテンサイト系ステンレス鋼 (martensitic stainless steels)
  • フェライト系ステンレス鋼 (ferritic stainless steels)
  • オーステナイト系ステンレス鋼 (austenitic stainless steels)
  • オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼 (austenitic-ferritic duplex stainless steels)
  • 析出硬化ステンレス鋼 (precipitation hardening stainless steels)

この内、炭素の少ないフェライト系および炭素の多いマルテンサイト系のステンレス鋼は一般に鉄(Fe)-クロム(Cr)合金のクロム鋼であり、オーステナイト系ステンレス鋼は鉄(Fe)-クロム(Cr)-ニッケル(Ni)合金のクロム-ニッケル鋼である。 ステンレス鋼として最も代表的なものは、オーステナイト系の18%クロム(Cr)8%ニッケル(Ni)の(18-8)ステンレス鋼である。

JISで規定するステンレス鋼材料の規格票の例をいくつか示す。

  • JIS G4303-1998 ステンレス鋼棒
  • JIS G4304-1999 熱間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯
  • JIS G4305-1999 冷間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯

また、代表的なステンレス材料の成分を上記から一部引用する。なお、厚板鋼管などのステンレス鋼でも、成分系は基本的に薄板と同じである。規格名の後ろに「L」をつけることがある(SUS304Lなど)が、これは炭素量を極めて低く制御した鋼種であることを意味している。

ステンレス材料例
記号 種類 代表的な化学成分
SUS201 オーステナイト系 Ni (3.5~5.5%)、Cr (16~18%)、Mn (5.5~7%)、N(0.25%以下)
SUS202 オーステナイト系 Ni (4~6%)、Cr (17~19%)、Mn (7.5~10%)、N(0.25%以下)
SUS301 オーステナイト系 Ni (6~8%)、Cr (16~18%)
SUS302 オーステナイト系 Ni (8~10%)、Cr (17~19%)
SUS303 オーステナイト系 Ni (8~10%)、Cr (17~19%)、Mo(0.60%以下の添加ができる)
SUS304 オーステナイト系 Ni (8~10.5%)、Cr (18~20%)
SUS305 オーステナイト系 Ni (10.5~13%)、Cr (17~19%)
SUS316 オーステナイト系 Ni (10~14%)、Cr (16~18%)、Mo (2~3%)
SUS317 オーステナイト系 Ni (11~15%)、Cr (18~20%)、Mo (3~4%)
SUS329J1 オーステナイト・フェライト系 Ni (3~6%)、Cr (23~28%)、Mo (1~3%)
SUS403 マルテンサイト系 Cr (11.5~13%)
SUS405 フェライト系 Cr (11.5~14.5%)、Al (0.1~0.3%)
SUS420 マルテンサイト系 Cr (12~14%)…炭素量によって細かく分類される
SUS430 フェライト系 Cr (16~18%)
SUS430LX フェライト系 Cr (16〜19%)、TiまたはNb (0.1〜1.0%)
SUS630 マルテンサイト系析出硬化型 Ni (3~5%)、Cr (15~17.5%)、Cu (3~5%)、Nb (0.15~0.45%)

また、JIS規格品以外にも各メーカーの独自鋼種が数多く存在する。

オーステナイト系非磁性体で低温脆性がない。オーステナイト・フェライト系、フェライト系マルテンサイト系析出硬化系は磁性体(強磁性体)である。ただし、オーステナイト系ステンレスの一部は、加工を繰り返すことで組織がマルテンサイト化し、磁性を帯びることがある。

ステンレス鋼の耐蝕性能は、基本的にCrの含有量で決定され、12-26%の範囲で含まれる。その他、Mo・Ti・Nbなどの添加元素も、耐蝕性の向上に寄与している。6-22%の範囲で含まれるNiも耐蝕性に貢献するが、オーステナイト相を固定化するのがもっとも重要な役割である。

700℃前後の焼鈍し程度の加熱でクロム(Cr)が炭素(C)と結合して炭化物が粒界に析出することがあり、クロムの減少によって耐蝕性が損なわれることがある。これは粒界腐蝕と呼ばれ、ニオブ(Nb)やチタン(Ti)が少量添加されていれば、クロムの前にニオブやチタンが炭化物となるために粒界腐蝕を起こさずに耐蝕性が保たれる。このようなステンレスは安定型ステンレス・スチールと呼ばれる[1]

JIS G 0203「鉄鋼用語」の定義によれば、ステンレス・スチールはに約10.5%以上のクロムを含ませた合金を指し、しばしばニッケルも含まれるとされている。

表面仕上げ[編集]

ステンレス鋼は、主にその用途と求められる意匠性によって様々な表面仕上げを施して使用される。表面処理の中で、意匠的に鏡面に磨いたもの、ヘアライン加工したものは建築物の中で用いられることがあり、素地での仕上げとなる場合は傷を保護するビニールなどの皮膜が貼り付けられていることが多い。代表的なものは以下のとおり。

名称 特徴
No.1 つや消しの白っぽい表面で、少しザラついた仕上がり。スラブを加熱してロールで延ばす熱間圧延の後、表面を酸で洗い、汚れ等を取り除いたもの。構造部材やリロール母材などに用いられる。製造上1番目(熱間圧延)の工程で出来るため「No.1」と表す。流通では「白皮品」「酸洗材」などと呼ばれる。
2D 冷間圧延後、焼鈍と酸洗を行ったままの仕上げで、表面は銀白色の鈍い光沢。比較的柔らかいため、深絞り性を要求される場合に用いられるが、一般にはほとんど流通しない。
2B 2Dの後に、適度な光沢を得られるようにスキンパス(調質圧延)を施した仕上げで、ステンレス鋼ではもっとも一般的。製造上2番目(冷間圧延)の工程で出来、仕上げがブライト(光沢のある)状態のため「No.2B」と表す。
BA 冷間圧延後光輝熱処理とスキンパスを行った、きれいな光沢のある仕上げ。意匠性を求められる部材に用いられることが多い。2B仕上げに次いで一般的。
No.4 2BまたはBAの素材に、F180前後の研磨加工をした仕上げ。研磨材としてはもっとも一般的なもので、厨房や建材用などに幅広く用いられる。
ヘアライン (HL) 2BまたはBAの素材に、髪の毛状の細い研磨目を連続してつけた仕上げ。エスカレーター側面などでよく見かける。
No.8 2BまたはBAの素材を#800程度のバフ研磨した、高い光沢を持つ鏡面仕上げ。鏡や装飾金具などに用いられる。
タンデム仕上げ(JIS規定外) 一部フェライト系ステンレス特有の仕上げで、冷間圧延時にステンレス専用の圧延機ではなく、普通鋼用の圧延機を通すことで、高い生産性を達成する。表面性状を問わない自動車排気系部品などに用いられる。

取り扱い上の注意[編集]

ステンレス鋼の防銹性は、表面の不動態皮膜に依存するため、これが還元により破壊される要因に注意を要する。

オーステナイト系ステンレス鋼は硫化水素や塩化水素などの塩化物イオンを含む高温高圧環境に曝されると、水素脆化による応力腐蝕割れを起こすことがある[2]

ステンレス鋼は純鉄に比べはるかに酸化されにくい(電位が高いという)ので、他の鋼や異種金属と接続すると電蝕を起こす。ステンレスの流しに空き缶やヘヤピンをおくと極端に錆びるのは、このせいである。電気温水器はステンレスであるから、鉄管で接続すると約10年で鉄管が破裂する。

ステンレス鋼においても他の金属と同様、錆は錆を呼ぶ。錆は不動態皮膜に比べて遥に不安定であるため、水道水などに含まれる鉄錆が定着することが要因となって、錆が進行する(もらい錆)。

ステンレス鋼は普通鋼に比べて強度が高いが、構造用に用いるとクリープを起こすことがあり、注意を要する。また、オーステナイト系ステンレス鋼の一部は特定の環境下で応力腐食割れ (SCC) を起こすことがあるため、それを嫌う場合はフェライト系ステンレス鋼を用いるべきである。

特にオーステナイト系ステンレス鋼は熱伝導性が低い上に熱膨張率が大きいため、高温環境下での使用には、設計上十分に注意する必要がある。また、切削や溶接時にも独特の温度管理が必要になる。なお、450℃近辺では、鋼種によってはCrが析出することで耐食性や機械性能が低下することがあるので、この温度域での使用は注意を要する。

オーステナイト系ステンレス鋼は伸びがよく、絞りや張り出し成形性も高いため、複雑な形状を作ることができる。加工硬化があるので、これを留意した設計をする必要がある。フェライト系ステンレス鋼はオーステナイト系に比べると伸び性能が劣るため、特に張り出し成形には注意が必要となるが、加工硬化は比較的小さい。なお、マルテンサイト系ステンレス鋼ではこうした加工は難しい。

ステンレス鋼は全般的に切削性が悪く、旋盤マシニングセンタなどで切削加工する場合、アルミニウムと比べ、被削面の塑性変形による加工硬化が大きい。そのためセレンリン硫黄などを加えた快削材も利用される。

オーステナイトとフェライトの二相組織を持つ二相ステンレス鋼では強い耐蝕性を持つが、400℃以上の環境では脆化を起こすことがあり、使用環境の温度には注意が求められる[1]

一酸化炭素が存在する雰囲気に暴露すると合金の成分であるニッケルと反応して、極めて有毒なニッケルカルボニルが発生するので、一酸化炭素を含むガス等に触れないように使用すべきである。一酸化炭素を含むガスの供給パイプとしては用いないこと。

流通について[編集]

ステンレス鋼はそれを専門に扱う販売業者が存在して、市場を形成している。現在こうした市場から購入できる鋼種(店売り品種)は、数多くあるステンレス鋼種のごく一部、SUS304/304L、SUS316/316L、SUS430程度であり、従来は市中品の60%前後がSUS304で占められていた。また、メーカー規格品の一部は、系列の販売業者が在庫していることがある。これ以外の鋼種は基本的にメーカーで都度生産する事になるが、生産には一定のロットが必要となる(少なくとも7t以上)。また、2B・BA・No.4・HL以外の仕上げは、2B材を専門業者で研磨した製品(流通研磨品)となることが多い。

ステンレス鋼の流通形態は紐付きと店売りとに分かれる。 紐付きとはステンレスメーカーが最終ユーザーまで把握する形態である(メーカー→商社→最終ユーザー)。紐付き商売ではメーカーと最終ユーザーが直接価格交渉・納期調整を行うケースが多い。 店売りとは問屋が介在し、在庫販売及び切断等の加工を施しユーザーの小ロット・短納期というニーズに答えるべく機能する形態である(メーカー→商社→問屋→各ユーザー)。

日本市場のSUS304は、最近では韓国製など外国材の輸入が増加しており、一定の地位を市場で確立している。このため、必ず国内材を用いたい場合は、注文時にその旨を明示する必要がある。一方でこれ以外の鋼種はまだ国内材が大半である。

2006年からの原料ニッケル価格高騰などの影響で、特にオーステナイト系ステンレス鋼の価格は、1年間で2倍以上に上昇した。このため(Niを含まないため)、比較的価格の安いフェライト系ステンレス鋼へ鋼種変更する需要家が増加している。一般にフェライト系ステンレス鋼はSUS304に比べて耐食性に劣ると言われているが、メーカー各社は以前から耐食性を向上させたフェライト系ステンレス鋼を開発しており、2006年秋以降急速にその需要が高まっている。 その例として、新日鐵住金ステンレスが開発したNSSC180(旧YUS180)や、最近ではJFEスチールが開発したJFE443CTという新鋼種がSUS304代替ステンレス鋼として注目を浴びている。

歴史[編集]

インドのウーツ鋼[編集]

欧州では11世紀末から170年に渡って何度も派遣された十字軍の帰還と共にもたらされたダマスカス剣の製造方法が解らずにいた。ダマスカス剣の鋼はインドで作られたウーツ鋼(wootz)が中東までペルシャ商人によって運ばれ製作されたものであった。この剣にはダマスク(Damask)と呼ばれる日本刀の「錵」(にえ)と同様の渦状の紋様が刃に浮かび上がっていた。

14世紀にはイギリスでも鉄鋼によって刃物類が生産されるようになったが、当時は加熱技術が未熟なために、鍛鉄や錬鉄と呼ばれる低炭素鉄の棒を木炭中で2週間に渡り加熱し続けて融点以下の雰囲気中で炭素をこの鉄棒素材に浸炭させることで、表面と内部で炭素濃度が異なり、表面が泡立った泡鋼(あわこう、Blister)と呼ばれる鋼鉄素材を得ていた。

18世紀に英国がインドを植民地化すると古代からのインドの鉄鋼技術に関心が高まり、特に旧デリーのイスラム寺院の庭に立つデリーの鉄柱の驚異的な耐候性とウーツ鋼に興味が集中した。

ドイツ系イギリス人の時計職人、ハンツマン(Benjamin Huntsman、1704-1776)は金属バネの品質の不満から自ら良質の鋼の開発を始め、1740年に新型溶解炉や燃料用コークス、耐火ルツボ、ガラス粉末の使用などを新たな技術を開発して「ルツボ鋳鋼法」を作り出した。これにより鋼は英国でも量産出来るようになったが、まだダマスカス鋼には劣っていた。

ロンドンの刃物師、ストダート(James Stodart、1760-1823)は正確な焼戻しによってウーツ鋼の硬度をさらに高め、英国製造の鋼よりウーツ鋼を輸入すべきであると提案した。東インド会社はインドのウーツ鋼を英国へ輸入し、ストダート自身も英国のルツボ鋳鋼技術の向上に取り組んだがウーツ鋼を越える製品は得られなかった。

この頃、フランスヴォークラン(Louis Nicolas Vauquelin、1763-1829)は当時「シベリアの赤い鉛」と呼ばれていた鉱物から新種の灰色の金属を発見し、論文『シベリアの赤い鉛とそれに含まれている新しい金属の研究』を発表し、クロム(Chrôme)と命名した。

高クロム鋼の発明[編集]

後年、電磁気学の父として有名なファラデー(Michael Faraday、1791-1867)は、分析化学者として有名になりつつあった1815年からは、英国王立研究所で英国国内でウーツ鋼を製造する技術を研究していた。ウーツ鋼からは微量のシリカアルミナが検出され、1819年4月にウーツ鋼から作られたダマスカス剣の紋様は土類成分によって生じるとする論文『ウーツ、すなわちインド鋼の分析』を発表した。国産鋳鋼に微量のシリカとアルミナを添加したが、ウーツ鋼にはならなかった。

1819年夏には成分分析を委託されていた製鉄所に近い銅精錬所でとの合金となることで硬度が増すことを知り、鋼にも応用できないかと考えた。

ファラデーは研究所でストダートと共に、1770℃以上まで加熱できるようにルツボを改良し、白金も含めた貴金属類を鋼と合金にする研究を始めた。ニッケル、銀、白金ロジウム、銅、との合金を次々に生み出しては性状・特性を測定し、1820年に連名で『改良の目的で行った鋼合金の実験』を発表した。地元英国はもとより、特にフランスで大きな反響があった。その後も鋼と貴金属との合金の研究を続け、鋼銀合金がウーツ鋼を越える硬度の金属として量産が始まった。その後、1820年代にファラデーは研究の舞台を物理学に移していった。

フランスの鉱山技師、ベルティェ(Pierre Berthier、1782-1861)はファラデーとストダートの論文を元に、まだ誰も試みていない脆い金属であったクロムの鉄との合金を試みた。当初、炭素濃度の高い鋼で合金を作ったため、非常に脆かったが硬度は高く、王水でも容易に侵されない耐酸性を示した。これが最初のフェロクロムである。

次に炭素1%程でクロム1.0%と1.5%のフェロクロムを作り、ナイフとかみそりに加工したが良好な切れ味と共にダマスク紋様が現れた。1921年に論文によってフェロクロムとその耐酸性を示したベルティェは、その後、ボーキサイトをアルミの原料として発見したことで、より有名となった。ファラデーはベルティェの論文を読んで、すぐさまクロム鋼を実験し自身の発表直前の論文『鋼の合金について』に加えた。

父の製鋼工場を継いだ、英国、シェフィールドのR.A.ハドフィールド(Robert Abbott Hadfield、1858-1940)は1878年のパリ万博でマンガン鋼を知ってから研究を始め、高マンガン鋼の系統的な分析を行なって1882年に高マンガン鋼の公演を行なった。その後、鉄とシリコン、鉄とアルミニウム、鉄とクロムに関する研究を行った。鉄とクロムの研究過程で、合金鋼の権威的研究者の誤った「クロムは鉄の耐酸性を劣化させる」という報告によって、クロム鋼の耐酸性を見落とし、同じシェフィールドのH.ブレアリーにクロム13%、炭素0.3%の刃物用ステンレス鋼を発明されて名誉を逃した。

これ以前にも前述のようにフランスのベルティェが「高クロム鋼は王水でも容易に侵されない耐酸性を持つ」と論文発表していたが、耐酸性クロム鋼の発明者はベルティェでもハドフィールドでもなく、ブレアリーとなった。ハドフィールドはその後も会社経営とともに研究を続け、1908年にはナイト爵を、1917年には準男爵に叙せられるなど、活躍した。

鉄・クロム・ニッケル合金の発明[編集]

鉄・クロム・ニッケル合金の発明は、ただ1つの発明過程によって得られた1種類の合金ではなく、ヨーロッパの複数の国・人物によって行なわれた多数の改良や発見を経て得られた各種の鉄合金の製作の積み重ねであった。個々には具体的な合金比率当は省くが、以下の実験と研究の過程で作られた合金の中には今日でも使用されている鉄・クロム・ニッケル合金の含有比率を備えた金属が多数得られていたことが、論文中や後の分析で明らかになっている。このことが、単一の研究結果だけを指して特定の合金の発明・発見とは云えない理由となっている。

最初は1894年にドイツの兵器メーカー、クルップ社がCr2.0%、Ni3.5%、C0.35%のクロム・ニッケルの鉄合金を強靭鋼として防弾鋼板に開発・使用した。

フランスのギレー(Leon Alexandre Guillet、1873-1946)が1903年と1904年、1906年に鉄・クロム・ニッケル合金を含む各種鋼合金に関する3つの論文を発表した。ギレーは化学成分と熱処理によって金属組織が変わる事は示したがステンレス鋼の最も重要な特性である「不動態」に関しては記述しなかったため、発明者と呼ばれることは一部を除いてあまりない。彼の論文でのクロム鋼の組織図に関する概念が後のクロム鋼研究の発展に大きく寄与した。

フランスのギレーと同じ工芸学校の教授職に5年後に着いたポートヴァン(Albert Marcel Portevin、1880-1962)は、ギレーの研究を引き継いでさらに詳しくギレーの作った金属サンプルを調べて物性などを研究して論文に発表したが、先輩と同じく耐蝕性に関する観点ではこれらの金属を見ることはなかった。組成と焼き入れ、焼鈍しによって硬度がどのように変化するかについてが、この時点での研究の中心であった。

ドイツのアーヘン王立工科大学の研究生だったモンナルツ(Philipp Monnartz)は1911年に工学博士のための学位論文として提出・発表した中で、鉄クロム合金の耐酸性に関して不動態によるものとして明らかにし、高い耐蝕性を持つ高クロム鋼の重要性を示して大きな反響を呼んだ。その後、多くの研究論文が鉄クロム合金の耐酸性と不動態に関して発表されるなど、ステンレス時代が開くきっかけとなったが、功績者であるモンナルツ自身には工学博士と認められた以上の経歴が残されていない。

この後、鉄・クロム・ニッケル系の合金に関する多くの研究成果を残すのは、ドイツのクルップ第2研究所に1896年入社のシュトラウス(Benno Strauss、1873-1944)とその助手として13年後に入社したマウラー(Eduard Maurer、1886-1962)であった。両者はそれぞれに研究を行い、クルップ社は彼らの研究から得られた合金に対していくつかの特許を取得した。すべての発明がシュトラウスのものであるとされたために、マウラーは1925年に異議を唱え、その後、発明者としての功績に関して、公開された書簡論争にまで発展した。

英国シェフィールドのH.ブレアリーは1913年に所長として務めていた研究所の雇い主であったファース社とブラウン社に13%クロム鋼が高い耐蝕性を示すと報告したが、サンプルがあまりに硬くて研削と鍛造に向かないと両社は興味を示さなかった。1914年から彼はチーズナイフ等の形で錆びない金属の実用品を友人たちに配るなどしたのち、それが評判となってからは ファース社は自社で金属材料を販売しながら、ブレアリーは疎外するようになった。このため、彼は1915年にブラウンベリー社に移って第一次世界大戦に使用される航空機エンジンのクランクシャフトなどを作る製鋼所長となった。その後、1916年に特許に明るい英国人マドックスの尽力でステンレス刃物のカナダと米国の特許を取得し、1917年には日本とフランスでも特許を取得した。ファース社では1914年に、すでにドイツとイギリスで同様の特許を出願済みの独クルップ社との間で英国での特許に関して交渉を行なっている間に、英国では多くの製鋼所が生産を始めており、特許を申請しようにもすでに周知の事実となってしまっていた。

こういった事情によって、ステンレス鋼の発明者として最初に英国のブレアリーの名が挙がるが、彼は自身の独自研究の結果掴んだ名誉というよりも、ギレーやポートヴァンらの見過ごしていた耐蝕性というステンレス鋼の特徴をほぼ最初に見抜いた点で優れ、また、雇用企業がステンレス鋼の長所を無視してもあきらめずに世間に製品を示し続けた点でも栄誉を受けるに値すると評されている[3]

出典[編集]

  1. 1.0 1.1 1.2 和田要著 『スチールの科学』 裳華房 1993年10月20日第1版発行 ISBN 4-7853-8585-5
  2. 2.0 2.1 徳田昌則他著 『金属の科学』 ナツメ社 2005年12月28日初版発行 ISBN 4-8163-4040-8
  3. 鈴木隆志著 『ステンレス鋼発明史』 株式会社アグネ技術センター 2000年8月25日初版第2刷発行 ISBN4900041807

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

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